牛肉の大量輸入によって背負わされる豪州への「代償」

 近年は米国での狂牛病発生による米国産牛肉の輸入停止に従い、オーストラリア産の牛肉、いわゆるOG(オージー)ビーフの輸入量が大幅に拡大したとの事です。オーストラリアでは狂牛病の原因となった肉骨粉を一切使わず、放牧によってなるべく自然に近い形で飼育しているために狂牛病に関する心配は一切ないとの事で近年は安全面を主張しては日本でも注目度が高まっているようです。実際、大手の牛丼チェーン店である「すき家」ではこの、オージー・ビーフを使って牛丼を再販売し始めています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%99%E3%81%8D%E5%AE%B6

2004年2月4日アメリカ産牛肉輸入禁止措置により、牛丼の販売を中止するが同年9月17日オーストラリア産牛肉を使用し再開する
牛本来の生態系を生かし、牧草だけ(日本向けの牛には解体数ヶ月前から穀物を与えて日本人好みの牛肉にする)で育てられた牛の肉は安全性が注目されていることから一見将来的に有望視されている牛肉であるかのように見えます。しかしながらこの牛肉を日本人が大量に消費できるのかといえば、その将来は決して明るいものではないと私は思えてなりません。

 牛肉を生産するのには大量の餌を必要とする傍ら、大規模な土地、主に牧草が生える平原とその土地と牛を管理するための水、そして牛が出荷段階に至るまでに飼育、管理する方々の人件費と環境面から見られるエネルギー消費量、経済的負担は決して小さいものではありません。そして、牛の飼育期間中に排出される排泄物やメタンガスなど、これまた環境に与える負担も少ないものではありません。

森林を切り開いてつくられた酪農地
http://eco.goo.ne.jp/life/world/australia/cattle/2.html

 安値のまま、クリーン&グリーンのイメージを保とうと、オーストラリアの酪農家は生産量を増やすために酪農地を拡大しようとします。
 しかし、クリーン&グリーンなイメージの源とも言える広大なオーストラリアの酪農地も、もともとは森林の木々を切り倒して開拓されたもの。土地の有効利用を図っているといっても、酪農の拡大は、森林の減少を意味する事がよくあります。 酪農が始まって以来 木々は伐採され続け、現在残っている森林の面積は、酪農が始まる以前の何と30%以下に減っているとも言われています。
 森林はオーストラリアの生物を育む大切なエコシステムの舞台。また、地球温暖化の原因である二酸化炭素を吸収する役目も果たしており、我々人類にとっても大変貴重な資源となっています。 しかし、酪農の効率を上げるためには、うっそうと茂る木々は邪魔な存在。今でも、酪農の拡大のために森林は切り開かれており、オーストラリア国内でも論議の対象となっています。
 酪農の拡大は、森林の減少だけでなく、牛が発生するメタンガス量の増加にもつながり、地球温暖化に影響を与えます。 牛などの反すう動物が生じるメタンガスは、代表的な温暖化ガスである二酸化炭素よりもはるかに温室効果が大きい事が知られているからで、メタンガスは、発生する絶対量が少ないため、あまりスポットが当たることはありませんが、 その影響はばかにできません。そのため、オーストラリアではメタンガスの発生を抑える牛の餌の研究などもなされているといいます。
 オーストラリアの経済を考えると、輸出を増やすための酪農の拡大はやむをえない部分もあります。しかし、そのために起きる森林破壊の環境へのコストは、残念ながらオージービーフの価格には含まれていません。 そのつけは地球温暖化や生態系の損失といった形で、未来の世代へと受け継がれていく事になるのでしょう。
 さらには興味深い資料もあります。それはこれら牛など、家畜の過放牧によってオーストラリアは砂漠化が問題となっているとの事です。

砂漠化とその原因
http://www.geocities.jp/soil_water_mitchy11/DesertCause.htm

アフリカで過放牧,アジアが過放牧と樹木の過伐採が多く,オーストラリアで過放牧,北米で不適切な土地,水管理が多いことが分かります。全体的に,過放牧と,不適切な土地・水管理による砂漠化が進行しています。
オーストラリアというのはもともと真水の量が少なく、このために牧場では地下水を汲み上げては貴重な真水を使用してこれを牛の飼育に使ってしまうために、地中の水分が減少して砂漠化が振興してしまうということですな。

水はとっても貴重な資源です
http://eco.goo.ne.jp/life/world/australia/water/index.html

 もともと乾燥大陸であるオーストラリアの降水量はごく少なく、ダーリン・マレー川も、その規模の割には水量が大変少なく、年間平均水量はミシシッピ川の3.5%以下、アマゾン川の1日分の水量にも満たないそうです。 しかし、酪農による水のくみ過ぎによって川が干からび、水が河口までほとんどたどり着かない事が大きな問題となっています。
(中略)
 水不足の危機と隣り合わせであるアデレード市を訪れた私は、まず、水道水のまずさにびっくり。 まるで海水が混じっているのではないかと思わせる塩辛さ。この水道水の塩分の濃さは、海水ではなく、マレー川の水不足と酪農による森林の伐採に原因があるようです。
 ダーリン・マレー川の底には1千億トン以上もの塩が存在していると言われ、また、水中には塩化カルシウム、マグネシウム塩や塩化カリウムが多量に含まれており、そんな水を直接飲むのはほとんど無理です。 州の半分以上の水源をマレー川に頼る南オーストラリア州では、水道水は処理を加えられているとはいえ、メルボルンの軟水に慣れている私は水道水の硬さにびっくり。
 どおりでホテルでもレストランでも、南オーストラリア州では、水道とは別に飲み水が備え付けられているはずです。ここでは水は用途により使い分けが当たり前のようです。 酪農用にはほとんど処理されていない水、ある程度処理された水は生活用、そして、より一層濾過された水は飲用に。水は大切に使われています。
これらはいわば、牛肉消費を拡大する時に我々が背負う「代償」ですが、その「代償」は先に述べた生産段階における環境においての身、生じるものではありません。海外への牛肉輸出量が拡大したことによる、生産地への影響があります。もともと、牛肉というのはオーストラリア長年にわたって親しまれている食材の一種なのですが、最近ではこの牛肉の消費量が地元では減少すると同時に牛肉を販売する地元の人々も大変困っているとの事です。
(前略) 最近のオーストラリアドル安が、海外市場におけるオージービーフの価格を魅力的なものにしており、オーストラリア牛肉の人気は高まるばかりだそうです。 日本でも、オージービーフは人気があるのでしょうか?
 私が買い物をする肉屋さんでは、牛肉の価格がここ1年間で約20%も値上がりし、その理由を肉屋のおじさんに尋ねると、多くの牛肉が輸出に回ってしまい、国内価格も吊り上げられていると不満をこぼしていました
日本が牛肉をオーストラリアから大量に買ったからといって地元の人々は全く喜んでいないようです。貿易は「国際交流」と「交友」の一部のように思われているようですが、この情報からすると、決して槽ではなく、むしろ国内に日本をはじめとする牛肉輸入国への不満が高まっているように思えてなりません。我々がこれら国々に牛肉を購入すると同時に与えている物といえば、金以外には環境負担、牛肉の値上がりという金ではどうすることもできない「代償」以外の何者でもないと思えてなりません。

 ここではあえて公表しませんがどこかの誰かさんが「オーストラリアの牛肉は美味い」「もっと食べるべきだ!」「アトキンス・ダイエットだ!」と叫んでは牛肉の消費が向上すれば向上するほど我々は上記に述べたような「代償」を背負う羽目になるということです。

 「安全だから」とそこで終わるはずがありません。安全だからといってもそれが過剰生産されて環境破壊が振興しては下も子もありませんしさらには生産地の人々に反感を与えて「友好関係」がぶち壊しになってしまえば歴史上でも「汚点」として残るでしょう。わが国は食料自給率が低く、大量の食材を海外から輸入してはいるものの、上記に述べた「代償」を背負ってはいまいか?「買ってやっているからそこの国は喜んでいるはずだし、反感だの買うはずもない」と決め付けてはいまいか?オーストラリアに見られる日本の牛肉輸入拡大政策が与えている影響を以下のHPを読んで是非、考えてほしいと願うまでです。

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米よこせ 原因は自然現象、破壊、そして国としての道徳観の低下

 昭和初期から敗戦後にいたるまでの農作物、および水産物の価格の浮き沈みは激しいものであり、これに一番大打撃を受けたのは小作人であったことは言うまでもありませんとくにこれが二・二六事件や五・一五事件を引き起こした原因でもありますから当時の一次産業もどれほどの厳しい状況の下にあったかがうなずけます。

 これは敗戦後もおなじです。むしろ、戦中は食べ物の流通が戦争中であってもまだ行き届いていたのですが、空襲にが激化するとともに次第に食糧難は深刻になり、これが敗戦になると、配給制度は壊滅状態にまでなりました。しかも、さらにこの状況の下で敗戦により、軍需工場はすべて停止、幾万にものぼる引揚者による失業者の人口増加が原因となり、食糧事情はさらに深刻なものになったことは言うまでもありません。

 これにさらに追い討ちを掛けるように日本本土に天候不順が原因となる不作が直面します。現代においても天候不順が原因で平成5年に米不足が発生したのはみなさんも記憶に新しいはずです。

1993年米騒動
http://ja.wikipedia.org/wiki/1993%E5%B9%B4%E7%B1%B3%E9%A8%92%E5%8B%95

 しかし、悲しいかな、このようなつらい時代すらとうとう理解できなくなった方々いると思うとやりきれない思いになります。

 それはこんなことを発言するお方がいるからです。

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C111252006/E41513594/index.html

国際法によれば占領地の治安維持と非占領国民の生活保証は占領軍の責任となっているが、アメリカはそんなにお金をかけなかったので(ヨーロッパの占領地のようにはお金を投入しなかった)物資が枯渇してしまった。また農村部の食糧売り惜しみが発生し都市部の食糧事情は戦争中より逆に悪化した。

(中略)

当時ですら、中南米やアメリカには食糧の過剰生産があり、地球全体でみれば足りていた。終戦直後の食糧難は、農村の大規模な売り惜しみ(ヤミ市場に回った)と、日本の国際貿易が禁じられたことで国内での「地産地消」を強制されたために生じたものだ。

当時は配給制度がまだ続いていて、「売り惜しみ」ではなく国が強制的に買い取って、それを国民に配るという制度だったのですがね(--;)

「日本の国際貿易が禁じられた」のではなく、天候不順による不作で例年より40%も不足していたのが原因です。これにさらに労力不足や様々器具など、物資の不足が原因であって、「売り惜しみ」だけではこう酷くはならなかったのですが。

 闇ルートに回すというのは、いわゆる闇米であり、これは米を直接買出しに言った方々にも適用するものであり、この「売り惜しみ」によって多くの国民が食料を調達していたのは言うまでもないことです。

http://homepage3.nifty.com/yoshihito/zurusa.htm

 空襲と敗戦による交通機能、流通機能の麻痺は自然と、官僚の統制が利かなくなり、これを打開する案がなかったのですから、これは国家全体の敗戦による追い討ちであり、これにさらに追い討ちをかけたのが闇ルートを作ったのは飢えをしのぐために生きる厳しい生活の元にある人々たちと道徳観が等しく低下した原因にもなった厳しい現実であったことも述べておきましょう。

日本の国際貿易が禁じられたことで国内での「地産地消」を強制されたため

と仰っておりますが、その「国際貿易」を一方的に封じたのが米英蘭であり、さらにはこれらの国内に現存していた物資も空襲によって灰燼と化させたのも米国であったことを私のブログなどを読んで勉強した方が良いようですな。

http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genin-1b.htm

東京大空襲 60年前の悲しき悲劇
http://suisantaikoku.cocolog-nifty.com/genyounissi/2005/03/60.html

続・東京大空襲 60年前の悲しき悲劇
http://suisantaikoku.cocolog-nifty.com/genyounissi/2005/03/60_1.html


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馬肉は食べていい!

 様々な食料が手に入るようになった近年でも日本人はやはりいろいろな食べ物を食べる多種多様な食文化を持っていると痛感します。水産物で言えば海藻、農産物で言えばゴボウ、そして畜産物で言えば馬肉と。いえいえ、失礼しました、海藻、ゴボウは国外では食用として一般的に用いられておりませんが、馬肉は国外でも食べられています。

 韃靼(ダッタン)人などの中央アジアの騎馬民族が良く食べていたのが馬肉だそうです。その食べ方というのが現在のハンバーグの原型でもあるとの事です。で、その名はタルタルステーキです。肉料理のプロで「レストラン松新」の店長がハンバーグ豆知識というところで面白いことを述べております。

そのハンバーグのルーツは中央アジアのタタール地方にかつて存在した騎馬民族(やはりモンゴルだよね)が好んだ料理に関係があります。その騎馬民族が好んで食べた料理はタルタルステーキでした。(名前の由来は地名のタタールに関係があります。)そのタルタルステーキと言うのも騎馬民族が乗っていて、乗りつぶした馬を(馬肉)切り刻んで細かくしてスパイスを効かせて食べたものでした。馬肉は筋肉ごつごつで小さく切り刻まないと硬くて食べられなかったそうです。
で、これがドイツに伝わり、このタルタルステーキを焼いて作ったのがハンブルグステーキとなり、そしてハンバーガーという名前になって現在に至るというものだそうです。

 さて、馬肉はこのようにして、国外でも歴史ある重要な食材として存在します。これは私が今まで述べてきた鯨とも似ています。鯨の場合は私もこのブログで理由もなく反対する団体などについて指摘してきましたが、こういった団体は自分のおかしな価値観の元に行動していて、反対の対象となり、「保護」の対象となる生物に対しては知識が実に浅はかだったりします。しかしながら、それでも根性でいろいろな「ネタ」を引っ張り出しては何が何でも反対しようと必死になっていたりするので、実に厄介です。

 そして、驚くなかれ、馬肉にたいして反対を唱える団体も国内にいることが判明したのです!HPのタイトルは「馬肉反対!」と言い、「(競走馬由来)馬肉反対の会」が主催しているとのことです。

 いやしかし、なぜに「馬肉」?と頭を傾げてしまいますが、その理由というのがまたすごい。

馬(競走馬)たちは食用になることもあるようなのです。本会は「馬を食べない」ことによってそういう馬を減らすことを主目的としています。
うーむ、馬を少しでも勉強していれば「馬肉を食べない」という行為自体的外れであるときが突くものですが。それはいいとしてもこの内容がまたすごい。
会則
第一条:本会は一人でも多く馬肉を食べない人を増やすのを目的としています
第二条:馬肉を食べないようにしましょう
第三条:宴会などで料理が「桜鍋」に決まりそうになったときさりげなく料理を変えましょう
第四条:「馬肉」が好物の人を競馬場に連れていって馬好きにしましょう
第五条:地方競馬にも足を運んで地方競馬を盛り上げましょう

しかし、馬肉というのは日本では歴史の長い食べ物であったりします。長野県、熊本県では郷士料理として定着していますし、東京下町でも桜鍋が昭和40年代ごろから栄えています。この馬肉の日本での歴史としては九州がはじめだったそうで、株式会社千興ファーム馬刺しの歴史のHPによりますと、

馬肉料理を食べるようになったのは、天下の武将加藤清正が肥後の国の統治をした頃と言われており、その頃に流行した「高熱を伴う病い」の治療薬として利用されていたとも言われ、今でも地方では馬肉を患部に 貼付て熱を冷ます等の民間療法も残っています。
ということです。これがやがて日本各地に伝わり、様々な場所で郷士料理として定着していったわけです。もっとも、長野県なんかでは、さくら工房のHPの話によりますと、労働用の馬が使えなくなると、それを食べていたらしいですが。もちろん、これらの馬は決して美味い肉ではなかったそうで、高度経済成長の昭和にはいって日本でも本格的に食用馬の飼育について取り組んだとのことです。

そもそも、競走馬と食用馬とでは種類からしてまったく違うもので、食用馬は重種馬といいます。主に、ブルトン、ペルシュロン、ベルジャン、道産子、ノルマン等の配合種で馬体重600kg程度の1~2歳馬を素馬に約1年間かけて穀物飼育し、1000kg程度にまで育て上げるとの事です。全国で市販されている馬肉は95%以上はこの重種馬で、味も当然、御墨付きということだそうです。

では、競走馬である、サラブレッドが食用馬として流通しないのかというと、まったくそうではないらしく、これら馬が2歳になるときに食用か否か、分別されるとのことです。これら馬は当然、競争用の馬ですので霜降り肉なんかは取れません。馬体重はおよそ450~550kgで生体販売の相場は100g約40円(平成12年)。1頭から取れる肉の量は馬体重の45%程度。元競走目的馬(競走馬試験不合格馬など)は肉質が硬く食用にならないため半年~1年近くかけて食用に改良されるとのことです。

http://www.tohtani.com/e-akira/horse.index.htm より

そして、競走馬として活躍した2歳以降の馬は我々人間の食用にはなりません。年をとりすぎて肉が固くなりすぎ、餌の影響からか臭味も強く、また、引退したあとは廃馬同然なので、肉質も当然よくはありません。また、肉質を向上させるにも膨大なコストがかかるとの事です。この結果、これら馬は最悪の場合は動物園の餌になるというわけです。

よって、馬肉を食べなくたって、これら団体が愛する引退馬は人間以外の動物たちが主に食べているので美味しい馬肉を食べさせようと日ごろ努力をしている馬肉生産者を無意味に虐めているだけの行為なのです。

馬肉というのは「馬力が出ていい!」という話を昔聞きましたが、これは結構的を得ているようです。また、なぜに日本でも刺身として定着し、タルタルステーキにも見られるように生肉として用いられたのかを調べてみると、それは

馬肉は牛肉、豚肉などの食用肉の中で一番安全な肉と言われています。その理由は馬は牛や豚よりも体温が高くて寄生虫が住みつく心配が少なく、内臓がとてもキレイ
だからということです。

http://www.tohtani.com/e-akira/horse.baniku.3.htm

また、栄養素も低カロリー、高タンパク質、低脂肪、高ミネラルというまさに栄養の塊のような肉でもあるので、これはダチョウや鯨と並ぶ、将来が求める蛋白源そのものであることがわかります。

http://www.e47-4147.com/basasiya/600/

このような良質で伝統的な肉料理に反対する人はいったい、これからなにを我々に、エネルギーや環境問題を考慮した上で食べろというのか一度聞いてみたいものですな。

最後に、稲垣 茂氏 の 爽やか しげぞーの プロフェッショナル競馬http://www.nifty.com/keyman/inagaki/inagaki_colum_010424.htmから、馬肉を反対する人へ、重要な個所を一部引用いたしましょう。

私が知る馬主の中にも馬肉を食べる人は確かに います。そしてそれらの馬主が馬を愛していないかと言われれば、そんなことはありま せん。 実は私も馬肉は食べますし、美味しいと思います。
(中略)
それに愛しているから食べないという考え方も如何なものでしょうか。私の記憶が確 かならば、動物を愛していることで知られている某有名人が、食用馬の生産に本格的に 乗り出そうとしていることが大々的に報じられたことも過去にはありました。
 以前アメリカの動物愛護団体が日本人が食べる馬刺を動物虐待として問題視したこと もあったようですが、これなどは笑止千万。馬肉を食べる習慣のある国は多く、動物愛 護団体にありがちな言い掛かりだと言っても過言ではありません。

私としてはそろそろ、牛、豚、鶏の生産量、輸入量を減らして、鯨、馬、ダチョウを割合的に伸ばした方がいいと思うのですが、いかがでしょうか?

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農協じゃなくたって怒るよ、人間だもの

 ということで立て続けに御隠居ネタです(^^;)。なぜにこのように御隠居ネタが続くかというとご隠居さんとのブログ漫才コンビでツッコミ役の空楽さんが不在ということで、空楽さんのおらぬ間に美味しいネタを取り上げてしまおうと、私の中のブログ精神が燃えているというわけです(^^;)。

 というわけで空楽さんが帰ってきたときには御隠居ネタがなくなってはならぬようにご隠居さんにもぜひぜひ、がんばってほしいと思っております。

 では、本文を。ご隠居さんは農協を批判しておりますが、安全な食品を食べ続けたい、健康な体でいたいと少しでも思う人がいるならば、以下のことは言えないと思うのですがね(--;)

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1084425330/E851285626/index.html

農協新聞は、BSE問題について島村農相を大批判。己の利益のために国民消費者の利益を犠牲にしようとしている。そこまで落ち下がったか、農協利権集団。恥を知れ!

誰が損をして、誰が得をしているのか? それは明らか。農村利権集団がぼろ儲けをして、消費者がその分損をしているのだ。うまいこと「安全」とか何とか言っているが、己を儲けを追求するための便法。ほんまにいやらしいヒャクショウ連中だ。

消費者も早く目覚めてほしい。こういう利権集団に振り回され続けている限り、日本の将来はないのだから。

島村農相は、毎日新聞 2005年3月3日 の 東京朝刊でも書かれておりますが、「(狂牛病(BSE)全頭検査は世界の非常識」と牛肉摂取によって生じる不治の病の媒介を予防する重要な工程である全頭検査を否定する発言をしてしまったのですから農協じゃなくたって健康の体で生き続けたいと思う多くの国民だって批判はしますがね(--;)。

ご隠居さんは不治の病を日本に媒介させたいのかしら(--;)そもそも、島村農相が「非常識云々」と発言されたとしても、コストからして容易であることが空楽さんのブログの記事でも紹介されていたりします。ご隠居さんはここのところをちゃんと読んでほしいものですな。批判をされたならば、その批判についてよく調べなければまた、トラックバックをされてしまうだけの話です(^^)

で、その空楽さんのブログ記事から。

全頭検査しても100gあたり1.2円の負担

http://kuraku.blog.ocn.ne.jp/weblog/2004/10/10012.html 

しかし本当に割に合わないのか。厚生労働省によると、今年3月までの検査牛は約302万頭。牛1頭当たりの検査費用は01年度4089円、02年度3552円で、検査単価は下がっている。
 牛肉100グラム当たりでみてみよう。農水省畜産部食肉鶏卵課によると、和牛の平均体重は685キロ。そこから内臓や骨などを取り除いた食肉部分は306キロになる。02年度の1頭の検査費用は3552円なので、牛肉100グラム当たりでは約1・2円となる。
 100グラム当たり1・2円の検査費用が高いか、安いか。私は「安全・安心料」としてはかなり安いと思う。国民1人当たりで計算しても、全頭検査に対する負担額は年35円にすぎない。

というものです。これだけの低コストでできる全頭検査をなんの根拠もないのに「世界の非常識」と否定したのですから農協の金儲けが目的じゃなくたって病原となるような肉が食肉として蔓延る世の中に対して、健康で長生きしたいという要求があればだれもが批判をし、警戒するのは当たり前の話ですけどね(--;)

ちなみにご隠居さんは西洋料理が好きだそうですが、西洋料理でもよく使われるコンソメは牛肉のエキスが必要で、このエキスとして使われる部位は骨髄など、狂牛病の発生源である異常プリオンが海綿以外で最も多く含まれている場所です。もし、安全なコンソメを食べたければ米国産牛肉を使わせないように心がけなければいけないと思います。不治の病をもらいたくなければの話ですが(--;)。

さらにご隠居さんはまたまた、このように述べています

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1570102516/E523640290/index.html

推測でしかないけれど、結局は「業界」の利益に貢献したということじゃないかな。何てったって、BSE問題が大問題となったことで一番大儲けしたのは、国内農業団体だから。一番の競争相手である最大の牛肉供給国からの輸入をストップさせることができたのも、BSEが怖いと云うことがこれだけ国民に浸透させることができたからのこと。

狂牛病によってイギリスで100人もの死者をだし、米国でもアルツハイマーが実は狂牛病ではないかという疑惑まで上がっているのが現状なのですがね。「業界」「国民に浸透」にこだわる前に狂牛病発見によって輸入牛肉をストップさせたのは紛れもない、狂牛病という不治の病が媒介するという恐怖からであることはどう考えたって紛れもない事実でしょうが(--;)。

http://www.daichi.or.jp/pc/kenkai/kyougyuu1.html

狂牛病とは  狂牛病(正式名称 牛海綿状脳症)は、1986年に初めて英国で報告された牛の病気で、プリオンというたんぱく質が異常化し、これに感染すると脳の組織が海綿状(スポンジ状)になり死に至るというものです。

ご隠居さんはご本人はともかく、多くの方々は狂牛病になりたくないので輸入再開の支援は得られないと思われますので。

なお、私のトラックバックがなぜに削除されてなぜに、御隠居さんがこちらにトラックバックについてコメント欄に投稿をしてくるのか、その理由を御隠居さん自身まったく触れていないので、再度、トラックバックをしてみましょう。

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日本人が体格が悪いのは日本食のせい?

 ご隠居さんはよほど欧米の食事が好きらしいですが、そういった私的な事情を元に健康論を述べると後でろくな結果を生み出さないということを知らないのでしょうかね(--;)。本人の主張を曲げる、曲げないは別として、空楽さんなどの主張に耳を傾けては新たな理論の展開を考えてみるという発想ぐらいは持ち合わせてほしいものですな。

 しかし、他人の理論に耳を傾けようとしない御隠居さんの悲しき現実がここに見られます。

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1419502456/E429274985/index.html

昔の日本人の体格と歯並びは悪かったのである。今の若者の体格向上は著しいが、これは戦後の学校給食によるもの。食生活の西洋化が日本人の肉体にとてつもない大きな変化をもたらした(伊藤みどりと安藤美姫を比べてみると分かる)。

それを忘れて、昨今「地産地消」とかで地元の伝統食への復帰運動が盛んだ。農協・農村利権集団が自分の商売のためにお金を使って宣伝活動をやっているのだが、あまりナイーブにそれを信用して「地産地消」をやっていると、日本人はまた「ピグミーとかホッテントット」みたいになってしまう

歯並びと体格については医学の視点から、そして健康学については食生活と平均寿命の視点から論じなければ科学的にも完全に立証したとはいえないことは学術会に限らず、世間的に常識とされております。

西洋食によって歯並びがよくなったのなら、なぜに西洋社会では歯の矯正が日本以上に普及しているのか、ぜひ聞いてみたいものですな。

http://www.ekubo-m.com/bk_inter02.html

によりますと米国では普及率が10年前の30倍に増えているということです。西洋食で歯並びが良くなるのならわざわざ高額で不便な歯の矯正は普及しないはずですし矯正歯科という専門科も設立されません。こういうことも含めて私は御隠居さんに米国の視察をお勧めしているわけですが(--;)。

そもそも一般的に歯並びを含む、歯の健康は歯の利用方法に起因します。それは食べるたびに噛むか噛まぬかに起因するということです。

http://www.t-oralhealth.org/shukan1_4.html

http://health.www.infoseek.co.jp/library/3000/w3000315.html

http://www.ocaj.co.jp/hanarabi/03.shtml

噛むという習慣を育成するには最も最適なのが米であることをご隠居さんは考えなかったのでしょうかね?せっかく空楽さんがその点について指摘してくださったのですが(^^;)

http://kuraku.blog.ocn.ne.jp/weblog/2004/09/__2.html

のなかの

http://www2.odn.ne.jp/matsui.hsp/shokunai/html/study/study49.htm

にも書かれておりますし、精白された白米も固さが調整できることから、噛む習慣をつけさせる食材としては最適であることも是非知ってほしいものです。

http://www.komenet.jp/database/health/2003/0112.html

にも書かれているように

●きちんと噛むための理想的な食事  調理の仕方によっていろいろなかたさに調節できて、粒のまま食べられるごはんが一番おすすめです。子どもの頃から、しっかりと噛む習慣をトレーニングしておくことが大切

というわけです。

さて、今度は体格ですがね、体格というのは全体的な食糧事情によって左右されるものでそれが東西南北問わず人類の歴史がそれを立証していたりします。

http://www.komenet.jp/database/culture/culture02/culture02-3.html

十分な栄養素がバランスよく摂取されると、体格の向上がみとめられることも、またよく知られています。第2次世界大戦をはさんで、昭和13年頃から日本が深刻な食料不足にみまわれると、青少年の体格が著しく低下してしまいました。

(中略)

遺跡にのこされた骨から身長を推定した結果から、成人男子の身長を時代ごとに比較してみると、縄文時代(中期以降)が159cm、古墳時代が163cm、鎌倉時代が159cm、室町時代が157cm、江戸時代が157cm、明治時代が155cmとなっています。 

 縄文時代から古墳時代にかけての身長増加は、米食の開始によって栄養が改善され、集団全体として死亡率が低下して、人口が増加したためとする考え方があります。また、これとは別の考え方として、身長が伸びたのは、それまで日本に居住していた集団とは別の、背の高い集団が大陸からやって来たからであるともいわれています。

 ところが、(中略)古墳時代以降は、むしろ日本人の身長が低下しています。外部から別の遺伝子をもった集団がやって来たのではないので、身長が低くなったのは人口増加にともなう個人あたりの栄養不足、あるいは、特定の栄養素の摂取不足などの要因が考えられます。このことから、米食を開始する以前の縄文時代の人びとの方が狩猟・漁労などでたんぱく質をとるなど、江戸時代末期の人びとよりも、むしろバランスのとれた食生活をおくっていたと思われます。

要するに、人口増加のために食料が不足したという食糧事情が原因であって食材のせいではないという事です。ちなみに牛乳が普及している現在においてそれまでほとんど注目されなかった骨粗鬆症が問題となり、これが西洋のカルシウム源と見なす牛乳をもっとも多く利用する北欧で発見されたことを空楽さんがそれを指摘しているHPをブログで紹介してくれたのですがね。

http://kuraku.blog.ocn.ne.jp/weblog/2004/10/post_10.html

でも紹介されている

http://www.ishin.net/sn.084.html

 そもそも日本人の平均寿命が延びたのは食糧不足の改善と医療システムの発展によるものであって西洋食の普及ではないことは、欧米の平均寿命が日本のそれよりも短いことからすぐにわかります。逆に西洋料理が異常に普及した日本ではそれまで見られなかった生活習慣病が問題となり、日本人の平均寿命の低下も問題視されているのです。

●短期間で寿命が短くなる!?

http://www.komenet.jp/database/health/2003/0105.html


http://www.dm-net.co.jp/column/jun21/jun21.htm

西洋料理を食べれば体格が良くなるというのは神話であることは米国の「鏡餅」みたいな体格を見ればわかると思うのですがね(--;)いま問題となっています。日本人の過去の体格と、現在の米国の「鏡餅」、普通の人ならどちらを歓迎するのでしょうかね

それについて取り上げたドキュメント映画があります。DVDか、ビデオレンタルが始まれば、お勧めいたします。

スーパーサイズ・ミー
http://www.supersizeme.jp/

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納豆やめれば「グローバリズム」?東京は納豆の匂いがする?

 御隠居さんのブログ記事を読んだらまた面白いことを書いていたので取り上げてみました。

今晩のTBSニュース「世界ねばねば早食い納豆大会」は、さすがに正直気持ちが悪くなった。もうちょっと、「非関東人」に配慮した番組をつくってほしいな。それがグローバリズムですよ。

(中略)

グローバリゼーションとは、一番強い国が自分の価値観を当然のこととして世界に発信するシステムだ。古代ローマであり、近代ではヨーロッパ、現代ではアメリカ。アジアにおいては中国だったかも知れない。

でも、実力を伴わない日本が、それも日本の田舎文化に過ぎないナットウ食文化を、世界に発信しようとしても、どだい無理がある。所詮、ネバネバはえげつなくって格好が悪い(またしても、ごめん)。日本国内に於いてすら国民的支持が得られないものが、どうして世界スタンダードになるのだろう?

東京は大好きだが、朝の地下鉄に充満するナットウの臭いには辟易する。女性がナットウの臭いを振りまいて居れば、百年の恋も冷めてしまう。ナットウはコメを消費するには都合がいいといって、小泉武夫氏なんかが農協の音頭を振って大宣伝しているが、古来から「畿内」ではあまり一般的でなかった食文化であり、関西人には違和感がある。鎌倉の武人を嫌った大宮人の心境がわかるな〜。

 ご隠居さんは納豆について勉強したことがあるのですかな?納豆というのは関西にも昔から存在します。ただ、関西と関東では納豆の意味が違ってくるだけの話です。粘りがある方を糸引納豆、そうでないほうは塩辛納豆と言い、前者が関東、後者が関西で親しまれていたというわけです。

http://osaka.yomiuri.co.jp/omoshiro/011024.htm

 関西と関東では前の記事で取り上げたウナギ同様、料理名は同じでも調理方法、加工方法が異なる例は結構
あります。納豆もその一例というわけです。

 味に好みはあると思いますが、納豆というのはそれほど強烈な匂いを発しません。臭度測定器でも関西は琵琶湖のフナ寿司や焼いたクサヤの方がはるかに強烈ですし、もっとも食材や料理の風味が街中にあふれる夕飯の時間などに東京の街中をあるいても焼き魚や焼き鳥、あるいはカレーの匂いがするのに納豆の匂いがしないことも経験すればわかるはずなんですがね(--;)。

東京に住んでいて納豆の匂いがするお方はよほど嗅覚が納豆に飢えているか、納豆に対して耐え難い警戒心があるのかそのどちらかですな(--;)。ちなみに納豆に匂いは刻んだネギとカラシを混ぜるだけで消えてしまいます。また、醤油に会うことから、ご飯にも合うということは明確です。日本の米はしょうゆ味に会うようにできているからです。

 で、一番驚いたのが、この部分です。

グローバリゼーションとは、一番強い国が自分の価値観を当然のこととして世界に発信するシステムだ。古代ローマであり、近代ではヨーロッパ、現代ではアメリカ。アジアにおいては中国だったかも知れない。

でも、実力を伴わない日本が、それも日本の田舎文化に過ぎないナットウ食文化を、世界に発信しようとしても、どだい無理がある。所詮、ネバネバはえげつなくって格好が悪い(またしても、ごめん)。日本国内に於いてすら国民的支持が得られないものが、どうして世界スタンダードになるのだろう?

米国ではナットウキナーゼという納豆から抽出された酵素がサプリメントとして注目を浴びていることをご隠居さんは知らないのでしょうかね?

http://www.enzymedica.com/nattokinase.php

ナットウキナーゼ

日本食は米国をはじめとする海外でも「健康食品」として注目を集めているという現状も是非学んでほしいものですな(--;)

ちなみに北米ではソニー、パナソニック、ホンダ、トヨタは高級ブランドとなり、アニメではポケモンや遊戯王が、そしてTVゲームではプレイステーションとゲームキューブが一番の人気であり、これまたブランドと化しております。ご隠居さんはしばらく米国へ行って日本がどのように評価されているか勉強してみる方がいいと私は考えてしまいます。

そもそも、納豆の原料となる大豆は米国では健康食材として注目され、ダイエット食品に肉の変わりに頻繁に使われているなど、その利用方法からして重宝されているということをご隠居さんはぜひ、知っておくべきかと思いますな。

http://www.getglobal.com/nishi/nishi00_9.html

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美味いのに、わかっちゃくれない地酒(ドブロク)の価値

 実は言うと、農文協の主張というHPに面白い記事があることが空楽さんのご紹介でわかりました。さて、その記事を引用すると面白いことが書かれています。長くなりすぎるので、中略をいたしますが、前文はここに書かれていますので。http://www.ruralnet.or.jp/syutyo/2002/200212.htm

自給にもとづく農家の生活文化を破壊した酒税法  酒類の自家醸造を禁じているのは、世界広しといえども、先進国では日本くらいのものである。

(中略)

幕藩体制を倒し政権を掌握したものの財政難にあえぐ明治政府は、酒造業者に課税するだけでなく、農家のドブロクづくりにまで課税することを思いついたのだ。

 自家醸造への量的規制からはじまって、自家醸造に対する免許鑑札料の徴収、自家用酒税の新設、その税率の引き上げなどをへて、日清戦争後の財政逼迫と日露の戦争準備のなかで、徴税の徹底のために、1899年、ついに自家醸造そのものを全面禁止にしてしまったのである。その結果、国家歳入の3分の1が酒税によって占められるまでに至った。

 いまでこそ農家はドブロクの隠し場所や、わが家流の呼び方、密造を摘発する税務署の役人を村びとが協力してだしぬいた話などをなつかしげに語ってくれるが、それまで、ごくあたりまえに生活に根づいていた農家のドブロクづくりは「密造」ということになり、発覚すれば重い罰金が課せられ、それを払う金がなければ監獄に入って労役に服さなければならなくなったのである。農家がその暮らしのなかで何千年にもわたって築き上げてきたドブロクづくりの豊かな文化の継承が、ここに絶たれることになった。その状態が国家財政に占める酒税の割合が僅少になった今日でも、いまなお、つづいているのである。

(中略)

 その文化とは、農家なら必ずその根底にもっている「自給」にもとづく生活文化にほかならない。

えーやっぱり長くなりすぎました(--;)では、さっそく本題に入りましょう。要は財政難のときに税金の対象として酒造にも課せられ、地方は家系によって代々引き継がれ、製造され続けてきた酒もこれによって製造が困難となり、製造数も激減したということなのですな。

じつはいうと、このときをもって日本酒の価値観も大きく変わったということです。このとき、酒を大量製造することが目的とされてきたのか、それまで大量製造に向いていない味のあった日本酒はこの味をできるだけ薄めた、「水のような味のない日本酒」がもっとも価値のあるものとされ始めたのです。よってこれ以降、酒は本来の味が捨てられ、反対に洋酒に比べて味がなく、アルコール度が高い、二日酔いしやすい酒が普及し始めたというわけですな。

酒はアルコール度が高い分、それだけ味も強かったから、それだけたくさん飲まずとも飲む人は満足し、割る酔いする前に止めることができたというわけです。

さて、現在煮立っても酒税法が廃止されず、自家酒造も困難な時代が今でも続いていますし、酒税法によって途絶えた美味い酒も調べてみると膨大な数に上ると思います。実は空楽さんの情報によれば農文協出版の「ドブロクをつくろう」という本の中に、「アル中患者にドブロクづくりをさせると、酒をあまり呑まなくなるような話」があったということです。「酒つくりの過程に魅せられて、酒と言うものの価値を知るから、味わって呑むようになるそうで。金さえあれば呑めると言うくだらない消費者意識が、アル中患者を増やしているのかも知れない」と空楽さんもおっしゃっていますが、そのとおりかもしれませんな。

あるいは価格が高い割には本物の味がしない酒が大量に出回っているからかもしれませんね。もともと、西洋の酒がなぜに人気が高いのかというと、それはその豊富な種類とその味にあるのだと思います。日本酒も「水のような味のない日本酒」が高価とみなされなければいまの日本酒の価値も違っていたのではないかと思います。

さて、最後に江戸時代まで日本人が一般的に飲んでいた日本酒を一つご紹介いたします。それは寺田本家酒造五人娘です。この酒を飲めば、ここで私が言っていた日本酒のことがすべてわかりますので、ご興味のある方は楽天市場などで、ご購入することをお勧めいたします。

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日本では、米も水もりっぱな食材の内

 空楽さんところのブログを読みましたところ、コメント欄に私の喜びそうなHPがあったとのこと。

以前、投稿として日本と米の関係について書きましたが、このHPを読んで日本では森林が多く、それでいて雨量も多かったのか清水も豊富だったのでしょうな。川の流れも速かったのも川の水が清水に近かったようですが。日本は米が豊富に取れるようになったと同時に清水が豊富な国でもあったのだと、空楽さんのHPを読んでつくづく感じました。

 さっそくご拝見してみたところ、あの、寿司漫画の原作者であり、映画監督の早川光氏のHPだったのですね。しかし、この方、大変な美食家だそうで、雑誌に登載される記事は水と寿司が中心だったりします。実のところ、水も飲料水の一種として近年注目を浴びていますが、水産物で水といえば海洋深層水が挙げられます。正確には海洋中層水といい、沖合いの地球上の大気とまったく接することなく存在していた水のことです。

 水深200m以上だと、植物プランクトンも光合成を行うことができず、そのために生息できない上に通年を通して低温であることから、生物の存在しない、清浄性の優れた水が存在しているということなのですね。現在注目を浴びている水資源なのですが、沖合いの深層にまでいかないと存在しない上に汲み取るにもお金がかかるので、水道のように膨大に使うには技術的にまだ無理なようです(^^;)なお、細菌類も大半は深層の気圧が原因で増殖することができず、よって細菌由来の衛生的問題も深層水には存在しません。

なお、海洋深層水についてはこちら、http://www.pref.kochi.jp/~sangi/shinsou/explanation.htm

 しかし、海洋深層水まで飲料水として商品化したのは日本だけですな。それとどうじに自動販売機にまで水を売っているのも日本だけです。ましてや当HPのように寿司と同じように水までが名産品として雑誌にまで紹介されるのは日本だけです。それだけ、日本人は美味い水を求めている、というか、水も食材の一部として考えているのですな。これは日本料理全般に共通するもので、水も調味料の一部として考えられているということなのですな。

 日本人は日本酒を作るときでも米や米麹だけではなく、水も酒の味を生かす重要な原料として使うそうで、これは西洋の酒ではまず見られないことなのです。じつはいうと、西洋では一応、ミネラルウォーターは存在はするのですが、日本のように地元などの名産品として扱われていません。

 日本は地学上、森林の文化であると同時に河川の流れが極めて早い、清流に囲まれた国でもあるわけですな。だからこそ、淡水魚も清流に多く存在し、臭みのない淡水魚が容易に取れたことから、現在でも淡水魚は清流のものを好むか、泥抜きという工程を調理のときに行うのですな。

 水は日本人にとってかけがえのないものであると同時に原料の味を最大限に生かす日本料理にとっては水も立派な食材だということなのでしょうな。

 ちなみに自動販売機でお茶や水が売られているのは日本だけだそうです。欧州や北米でも水が不味かったり、飲料禁止の地域もあるのだそうですが、日本のように飲み水が名産になったという話は聞いたことがないことから、日本はやはり、水と米が豊富に取れる、「みずみずしい稲の穂」である「瑞穂の国」なのですな。

 あと、日本は米も水同様、産地や種類によって特徴がありますが、欧米ではこのように、穀物や水が名産物となったという話は聞いたことがありません(^^:)

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日本人が勤勉なのは日本流の稲作があったからだと・・・

 一応、またご隠居さんのブログを読みました。

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C478131471/E1570065446/index.html

 そんなに日本の稲作を日本文化と切り離したいのでしょうか。私は稲作こそが日本文化の源流にもなっていると思うのですが。

実は、伊勢神宮に作農さんらと訪れたときに、彼が面白い本を紹介させてくれました。タイトルは忘れてしまいましたが、日本の稲作業について取り上げた本でした。

 日本の川は流れが速く(幕末に西洋人が拝見したところ「鉄砲水」と言ったそうです)その川から水を流しいれてはためて水田を作り、稲を育ててきたのですよね。川の流れを変えるというより、川の力を借りる形で水田を作り、稲作業を行ってきたそうですね。

 一方、紹介された書物によりますと、他のアジアの国では米を作るには大河をそのまま利用しているのだそうです。大河は流れが遅く、なかには馬鹿でかい水溜りのようなところもあるので、そこを稲作場として利用するのだそうです。日本と違い、貯水、注水などの工夫をせずに全てそのような場所などに稲を植えつけるなり、種をまくなりしてあとは大河の流れに任せているそうです。よって、米の収穫はすべて大河の流れに任せるという運任せの稲作業を行っているということです。このためか、米の収穫量も質も思うようにあがらず、その結果米は今でも高級品なのだそうです。

 これに比べると日本の場合は、川の流れが速い上に川が自然と水田に適した場所を作ってくれないのか直接これを利用せずに、外部から流れる水を取り入れて水量を調節し、人選的に水田を作る形となりました。この結果、水量や面積などは人々が直接調節せねばならず、稲に適した環境を作り上げるために思考誤差を繰り返し、収穫量をあげて米の質を上げていったわけです。大河を直接利用する東南アジアの国々では、大河の流れが遅く、流れを調節するのが難しいのか、日本のような水田を作っても頻繁に急変する天候とそれ従って急変する大河の流れとその水量によって破壊されてしまうとのことでした。日本でも洪水はおこりますが、海の潮流のような激しい変化が川では起りません。しかし、大河になるとこれが頻繁に起こるということです。

 よって東南アジア稲作が運任せであるのに対し、日本の稲作は努力しだいで良質にもなり、豊作にもなるという違いがあり、このけっか、日本は稲作を基盤として、他の分野に対しても勤勉で努力をする民族として育ったのでしょうな。働くことに美徳を感じるようになったのもわかります。東南アジアと日本の稲作の違いを見れば、「稲作がなくなれば日本人は勤勉でなくなる」というのもそういう意味ではあたっているわけなのです。

 ご隠居さん、「縄文時代には水田はなかった」って言いますが、水田稲作はありました。ただし、それは自然にできた水溜りを利用した水田であって現在のように水量を調節して作る水田ではなかったということです。これは扶桑社出版の中学校用の歴史教科書、「新しい歴史教科書」にも書いてあるのですが、ご隠居さん、農業を語るのはいいにしてもこれからの中学生がこれを聞いたら大人としてちょっと気まずいのでは・・・

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